この世に存在するもっとも過酷なトレーニングマシン

ローイングエルゴメータートライアスロン ローイングエルゴメータートライアスロン ローイングエルゴメータートライアスロン

コンセプト2ローイングエルゴメーターはトライアスリートの体力作りに大貢献しています。

トライアスロン競技の日本代表、井出樹里選手もトレーニングに コンセプト2ローイングエルゴメーターを活用しています。

私には8歲の頃から想い続けた、唯一の夢がある。 それが「オリンピックで一番になること」である。 現トライアスロンナショナルチーム強化リーダーの飯島健ニ郎氏に出会い、 21歳の夏、「オリンピックでの メダルを目指さないか?」と再をかけられ大学卒業後の23歳から本格的にトライアスロン競技 を開始する。 2008年北京オリンピックの開催はトライアスロンへ転向し、2年半後のことだった。 その間はとにかく練習をした。 井出樹里選手プロフィール →

スイミングエルゴはconcept2スキーエルゴのグリップ部分を水泳用パドルに交換したものです。(スキー用グリップも同梱してお送り致します)

Newモデルより片方ずつコードに負荷を掛けられるようになりました!

旧タイプとの大きな違いは、今まで両手で同時に引かなくては負荷が掛からなかったものが、左右片方ずつ引けるようになりました。 水泳に例えると今まではブレスト(平泳ぎ)・バタフライといった両手でしかストロークできなかったものが改良され、 クロールのような両手で交互に水をかく泳法にも対応できるようになり、 トレーニングバリエーションが広ったというのが最大のメリットです。
パフォーマンスモニター スイミングエルゴ スイミングエルゴ スイミングエルゴ

スイミングエルゴは過酷な有酸素運動を誰にでもアクセス可能にします。

上半身、体幹、足を補強し、質の高い有酸素運動を提供します。

スイミングエルゴを引き、ハンドルを加速させるために体重を使うことにより、腕・肩・体幹・足で下方向のクランチが実行されます。

ハンドルを引くたびに、足で体が持ち上げられることが確認できます。 このため、体に負荷の大きな運動をさせることになります。スイミングエルゴの運動では、上半身と同程度以上の運動を足に与えます。

最大心拍数は有酸素運動が要求される運動において最大になります。 コンセプト社のスイミングエルゴは、1982年以降世界中のボート競技者にご使用頂いているエルゴと同様の力学とモニタリングシステムにより設計されています。

ローイングエルゴメーター

他に類をみない運動負荷をアスリートにかけることができる コンセプト2ローイングエルゴメーターは、トライアスリートの間でも、通常の練習に加えて、天候が悪いときや時間のないときなど、 あらゆる形で利用されています。

コンセプト2ローイングエルゴメーターで世界選手権が開催

コンセプト2ローイングエルゴメーターで世界選手権が開催されていますが、 ボート選手を抑えてトライアスリートが優勝したこともあります。 そのくらい、このマシンはトライスリートにとって重要なのです。 詳細

井出樹里選手ストーリー

私には8歲の頃から想い続けた、唯一の夢がある。 それが「オリンピックで一番になること」である。

それは6歲の時に通い始めたスイミングスクールで、選手育成クラスに入り、本格的に“競技” に取り組み出した頃、自然に芽生えた想いだった。

ローイングエルゴメーター

しかし、全国大会で入賞したり、播勝する選手が複数いるスイミングスクールの中で、私は決 して強い選手ではなかった。 全国大会に出場することはできても、決勝に進んだことは一度もな かった。そんな中「オリンピックで一番になる」という私の姿を想い描き、一緒に叶えようとして くれた人は母以外には誰もいなかった。

それでも11年間、オリンピックへの想いを持ち絞け、毎日必死に練習を積んできた。

しかし、18歳の夏、「もうこれ以上は頑張れない。」という想いから、引退を決意した。

水泳から離れたことで、初めて自由に友達と遊んだり、アルバイトをすることができた。 その中で「楽しいと感じることもあった。けれどそれまで長年に渡り、私にとって生活の中心とな っていた“競技”から離れた自分の心は、穴が開いたような物足りなさを感じていた。

そんな時、同じスイミングスクールに通っていた弟が全国大会で2位に入った。 幼いころから毎日一緒に練習をしてきた親友がインターハイで優勝した。 けれど、私は「みんな一生懸命やっているのに自分は何をやっているのだろう?」という想いから、 その事実を素直に喜ぶことができなかった。

そんな自分がいることを知った時、「私はこのままではダメになる。」と感じた。 そしてその後、玉川大学進学と同時に競泳で培ってきた心肺機能を活かせる陸上の長距離種目に転向することを心に決めた。

玉川大学での陸上競技時代は3000m•5000m•10000m•ハーフマラソンという長距離 種目に挑戦。

順調に結果が伸び、大学女子駅伝やインカレに出場することもできた。

しかし、競泳と陸上競技との大きな違いである、重力による故障に苦しみ、思うように練習を継 続することができない日が増えていった。

大学三年になり、徐々に将来のことを考え、迷い、不安になっていた。

そんな時に、現トライアスロンナショナルチーム強化リーダーの飯島健ニ郎氏に出会い。

21歳の夏、「オリンピックでの メダルを目指さないか?」と再をかけられ大学卒業後の23歳から本格的にトライアスロン競技 を開始する。

2008年北京オリンピックの開催はトライアスロンへ転向し、2年半後のことだった。 その間はとにかく練習をした。

そして、初出場を決めた北京オリンピックでアジア人初の5位入賞。

この結果を世間は私の想像以上に高く評価してくれた。 しかしその翌年、2009年から再び故障を繰り返すことになる。

2009年の後半、最初に右足に痛みが出てから2012年のロンドンオリンピックまで、様々な箇 所の故障により、痛みなく走れたことはほとんどなかった。 自分にとって一番の武器となっていたRUNの走り方も分からなくなった。

それでも最後の最後で代表の座を掴み2012年ロントンオリンピック出場。

だが、結果は自分自身、想像もしなかった34位に終わる。

ロンドンオリンピック後、しばらくの間はもう走れないかもしれない」と惑じていた。 けれど、「2012年8月4日までに必死になって造り上げてきたものは決して34位などで終わるも のではない!」という想いから現役続行を決意。

2014年独立し、世界選手権シリ一ズシカゴ大会で5年ぶりに3位。アジア大会でも2位に入り、 それぞれのレースで表彰台に立つ。世界選手権シリーズランキングは日本人最高位の11位。

2016年リオデジャネイロ2020年東京オリンピックで8歲の頃から思い続けた「キラキラの 一番」を狙う。

実績
北京オリンピック日本代表(2008) アジア人初 オリンピック 5 位入賞
ロンドンオリンピック 日本代表(2012)
世界トライアスロン選手権 日本代表(2007〜現在)
ジャパンカップシリーズ チャンピオン(2009)
日本トライアスロン選手権東京港大会 優勝3 回 (2008, 2009, 2011)
ワールドカップ優勝2回 2 0 0 9 石垣島大会(日本人女子初)
2 0 1 1 ウア卜ゥルコ大会
ITU世界卜ライアスロンシリーズ 表彰台3 回 (2009 トンヨン、横浜、2014 シカゴ)
ITU世界トライアスロンシリーズランキング 日本人最高位
第17回アジア競技大会2014 仁川第2位
2014年 戦績
4/6 ITU世界卜ライアスロンシリーズオークランド大会 21位
4/26 ITU世界卜ライアスロンシリーズケープタウン大会 12位
5/17 ITU世界卜ライアスロンシリーズ横浜大会 15位
5/31 ITU世界卜ライアスロンシリーズロンドン大会 12位
6/28 ITU世界卜ライアスロンシリーズシカゴ大会 3位
7/12 ITU世界卜ライアスロンシリーズハンブルグ大会 DNF
8/30 ITU世界卜ライアスロンシリーズGFエドモン卜ン大会 12位
9/25 第17回アジア競技大会2014仁川 2位
10/26 日本選手権東京港大会 DNF
  ITU世界トライアスロンシリーズ年閏ランキング 11位
    日本人最高位
2013年 戦績
4/6 ITU世界卜ライアスロンシリーズオークランド大会 8 位
4/14 ワールドカップ石垣島大会 3位
4/19 ITU世界卜ライアスロンシリーズサンディエゴ大会 10位
5/11 ITU世界卜ライアスロンシリーズ横浜大会 13位
6/1 ITU世界卜ライアスロンシリーズマドリード大会 6位
9/14 ITU世界卜ライアスロンシリーズGFロンドン大会 19位
10/13 日本選手榷東京港大会 6位
  ITU世界卜ライアスロンシリーズ年間ランキング 13位
    日本人最高位
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